世界の水危機は21世紀最大の成長市場
世界人口の増加、気候変動、都市化、工業化により、水不足は今後数十年にわたり拡大すると予想される。一方で、水はエネルギーや食料と異なり代替が存在しないため、水関連産業は景気変動の影響を受けにくい長期成長市場となる。日本は資源大国ではないが、膜技術、精密機械、インフラ運営、省エネ技術において世界有数の競争力を有しており、これらを戦略的に組み合わせることで世界の水問題解決に大きく貢献できる。
世界規模で進行する水不足の現実
世界の水不足は一部地域の問題ではなく、地球規模で進行する構造的危機である。地球上の水の97%は海水で、淡水はわずか3%にすぎない。そのうち人類が容易に利用できる河川・湖沼・地下水は更に限られる。人口増加、都市化、工業化が進む一方で、利用可能な淡水量は増えないため、需給の不均衡が拡大している。
1.都市化とインフラ格差
急速な都市化は上下水道インフラの整備を追い越し、漏水や不衛生な水供給を招いている。特に低所得国や都市周縁部では、安全な飲料水へのアクセスが限定され、水系感染症や健康被害が拡大する。インフラ投資の遅れは、水不足を社会的不平等として固定化する要因となる。
2.地下水の過剰利用と不可逆性
表流水の不足を補うため地下水への依存が高まり、過剰揚水が各地で進行している。地下水位の低下は地盤沈下や塩水侵入を引き起こし、一度損なわれた水資源は回復に長い時間を要する。短期的な需要対応が長期的な資源枯渇を招く悪循環を招いている。
3.農業と産業に集中する水需要
淡水使用量の7割は農業が占め、灌漑の非効率や作物選択の不適合が水不足を深刻化させている。工業化の進展に伴い、製造業やエネルギー分野の取水も増加し、水質汚染と相まって実質的に利用可能な水を減らしている。水は食料安全保障と産業競争力の双方を支える基盤であり、その不足は経済全体に波及する。
4.気候変動がもたらす不確実性
気候変動は水循環の安定性を損ない、水不足を加速させている。降雨パターンの変化により、洪水と干ばつが同時多発的に発生し、貯水や農業用水の計画が難しくなっている。氷河や積雪の減少は、下流域の長期的な水供給を不安定化させ、乾燥・半乾燥地域では慢性的な水不足に陥っている。
5.水を巡る安全保障と紛争リスク
水は国家間・地域間の利害が交錯する戦略資源である。国境を越える河川流域では上流・下流の配分問題が緊張を生み、気候変動下ではそのリスクが高まる。水不足は移住や社会不安を誘発し、間接的に安全保障上の課題となる。
水不足対策
世界各地で、気候・地理・経済条件に応じて多様な水不足対策が取られている。海水淡水化、水利技術の再評価、気象工学など技術革新と政策・地域知識の融合によって、水不足の緩和と持続可能な水利用が進められている。水は文明の持続性を測る指標である。水の価値を適切に評価し、科学・技術・制度を統合した対策を講じることが、人類社会の持続可能性を左右する。
1.中東・北アフリカの海水淡水化
中東・北アフリカ地域は降雨が極めて少なく、気候的にも水資源が限られているため、水不足対策として大規模な海水淡水化プラントが各国で整備されている。特にイスラエルは逆浸透膜(RO)方式による海水淡水化を大規模に導入し、国内の都市用水の20%〜85%を淡水化水で賄うまでに至っており、農業用水や都市給水の安定供給に寄与している。ヨルダンでは紅海の海水を淡水化して首都アンマンへ送水するプロジェクトが進行中であり、年間3億立方メートル規模の水供給を目指している。これは国内需要の大幅な補完となる計画であり、省エネ型インフラとして国際的な支援も受けている。
2.再利用と高度浄水
世界各地で共通して進められているのは、下水や工業排水の再利用、高度な膜処理技術を使った水処理、データとAIを用いたスマート水資源管理などである。これらの技術は安全な飲料水確保だけでなく、農業・産業用水の効率化にも貢献しており、限られた資源を最大限活用するための重要な対策となっている。
3.北米の統合的水管理とインフラ改善
米国カリフォルニア州では、長期的な干ばつと水需要増大に対応するため、川の取水制限や地下水保全、海水淡水化・斜め井戸による水供給設備などを備えた統合的水供給プロジェクトが実施されている。これらは自然給水量の少ない地域に対し、持続可能な水確保方法として機能している。
4.欧州の循環型水管理と効率的利用の推進
EUでは、気候変動への適応と水不足対策として、循環型水管理や流域統合管理政策を推進している。農業、水道、産業用水の効率化だけでなく、再利用可能な水資源の最大限活用を目指した政策が実施されており、スマート農業技術とデータ駆動型資源配分が進められている。これにより水不足の厳しい地域でも長期的な水供給の安定化が図られている。
5.南米の伝統知識の再活用
エクアドルでは、インカ文明時代の人工湖や高地貯水システムを復元することで、地下水の回復と泉の再生に成功した実例がある。伝統的な水管理知識を現代技術と組み合わせることで、低コスト・持続可能な方法による水資源の確保が可能であることを示している。
6.南アジアの地下水保全と貯水対策
インド・ハリヤーナー州では、川沿いに小規模貯水池や貯水ダムを設け、洪水時の水を貯めて乾季に活用する取り組みが進んでいる。これにより地下水位が回復し、農業や生活用水として再利用できる水資源が増え、地域の水不足軽減に寄与している。
7.インドの雨水回収と地下水涵養
南インドでは、雨水回収、地下水涵養を促進するインフラ整備が行われ、農村部ではコストの低い魔法ドレインなどの排水改善プロジェクトが試行されている。これにより雨水を地中に浸透させ、地下水再利用を図るとともに、衛生環境の改善にもつなげている。
8.中東の気象工学技術活用
アラブ首長国連邦では、人工降雨技術を導入し、降雨を促進する取り組みが行われている。これは環境影響評価など慎重な議論の対象となるものの、少ない自然降水量を補完するための補助的な戦略として活用されている。
水不足対策企業
水不足対策は以下の4つの組み合わせで成立し、世界的企業はいずれかの技術を組み合わせた事業を展開している。
①新しい水源(淡水化)
②循環利用(再利用・高度処理)
③失水減(漏水削減・スマート管理)
④水効率向上(ポンプ・省エネ化)
1.世界の水メジャー
Veolia(仏)は、上水・下水処理、再利用、産業向け水サービスまで包括的に展開する代表格であり、Suez North Americaとの統合で水事業のポートフォリオを拡大した。都市インフラの運転・保守やPPP型の供給網で、水不足都市の運用力を提供している。水分野では、設備を作るだけでなく漏水を減らし、品質を保ち、更新計画を回す総合的能力が水不足の実効性を決める。
2.世界の水テック会社
Xylem(米)は水テクノロジーの中核企業で、Evoquaを買収して水処理ソリューションとサービスを統合した。自治体の送配水・ポンプ・計測から、産業向け処理までを横断し、老朽インフラや水不足に対して効率と信頼性を向上させている。
3.淡水化の旗手
IDE Technologies(イスラエル)は大規模淡水化(SWRO)で世界的に知られ、イスラエルの大型淡水化プラント(例Sorek 2)が稼働し、巨大な水供給源として機能している。水が絶対的に不足する地域では、淡水化が追加水源の柱になる。
4.東レ
東レは逆浸透膜(RO)で淡水化の心臓部を握る。淡水化の性能・コストを決めるのは膜であり、東レは海水淡水化向けRO膜で強い存在感を持つ。サウジでの生産・サポート体制などを背景に海水淡水化で高い市場地位を築いている。水の新規生産に直結するため、水不足対策の中でも国家的インフラに直結する技術である。
5.旭化成
淡水化プラントはRO膜の前段で、微粒子や濁りを除く前処理(MF/UF)が鍵となる。旭化成の中空糸膜Microzaは、水の浄化、下水・産業排水の再利用など幅広い用途で使われており、限られた水を繰り返し使うことで効果を発揮している。
6.クボタ
クボタはMBR(膜分離活性汚泥法)で下水を再資源化する。都市部の水不足では、下水を高度処理して再利用するルートが現実解になる。クボタは平膜型の浸漬膜ユニットを提供し、MBRで高品質な処理水を得て再利用・放流の両方に対応する。設備の省スペース化にも寄与し、人口密度の高い地域で導入メリットが大きい。
7.栗田工業
栗田工業は半導体・産業の超純水とリサイクルで水使用量そのものを減らす。水不足は生活用水だけでなく、産業(特に半導体)の水需要とも直結する。栗田は超純水供給を含むワンストップの水供給サービスを掲げ、さらに半導体工程の排水を回収・再利用する提案(リクレーム水の供給)も示している。産業集積地の水制約を下げ、国の競争力を支えるタイプの水ソリューションである。
8.荏原製作所
荏原製作所は淡水化・送水の大電力領域を高効率ポンプで貢献している。淡水化は電力多消費であり、特に高圧ポンプの効率が運転コストを左右する。荏原は海水淡水化向けの大型・高圧ポンプを提供しており、インフラの電力ボトルネックを改善する要素技術として重要である。
9.日立製作所
日立は漏水管理・配水制御など見えない損失を減らす。水不足の現場では新しい水源以前に、漏水・非収益水(NRW)を減らすことが最優先になることが多い。日立は漏水管理や配水制御等のソリューションを示しており、データと制御で失われる水を減らす領域を担っている。
水資源対策と日本企業の戦略
世界の水資源問題が都市化・産業集積・気候変動・地政学が絡み合う複合危機へと深化する中、日本企業が取るべき戦略は規模や資源量で競うことではなく、膜・材料、再利用、産業用水、省エネ、長期運用という強みを束ね、最も壊れにくく、最も無駄がなく、最も信頼できる水システムを世界に実装することで、文明の基盤を静かに支えることである。
【第一の戦略】膜・材料で水生成効率を世界標準に
淡水化や再利用コストと信頼性を決めるのは、ポンプや建屋以上に膜・材料である。日本はこの分野で世界のボトルネックを押さえている。東レは逆浸透(RO)膜で海水淡水化の中核を担い、旭化成は中空糸膜で前処理や再利用を支える。これらを単体製品として売るのではなく、性能保証・寿命・省エネ運用まで含めた水生成効率の世界標準を日本主導で形成することが戦略となる。標準化・認証・運転データの蓄積を通じて、日本仕様=長期的に最も安いという評価軸を定着させるべきである。
【第二の戦略】再利用前提の都市水モデルを輸出
水不足の本質は水源ではなく、一度使った水を捨てている構造にある。日本は人口密度が高く、水質規制が厳しい環境で、下水処理と再利用を高度化してきた。クボタのMBR(膜分離活性汚泥法)や、メタウォーター社の上下水統合エンジニアリングは、都市そのものを循環装置として設計する能力を持つ。日本がとるべきは装置売りではなく、都市再生・工業団地・新都市開発と一体化した水循環モデルのパッケージ輸出である。
【第三の戦略】産業用水・超純水で制約を解消
半導体、データセンター、化学産業は水制約が立地の最大リスクとなる。この分野で日本は圧倒的に強い。栗田工業は超純水供給と回収・再利用を一体で提供でき、工場の水使用量そのものを削減できる。国家戦略としては、日本企業が産業誘致と水インフラを同時に設計する役割を担い、水が足りないから工場が建たないという問題を解消する。これは単なる水ビジネスではなく、産業安全保障への貢献である。
【第四の戦略】省エネ・高信頼ポンプで弱点を克服
淡水化・送水は電力多消費であり、エネルギーコストが普及の壁となる。荏原製作所の高効率・高耐久ポンプは、運転コストと故障リスクを同時に下げる技術であり、エネルギー制約の強い地域ほど価値が高い。日本は再生可能エネルギー×高効率水インフラの組み合わせで、省エネと水不足を同時に解く提案を前面に出すべきである。
【第五の戦略】漏水削減で見えない水不足を解消
世界の多くの都市では、取水した水の30〜50%が漏水で失われている。これは新しい水源を作るより先に解くべき課題である。日立製作所が得意とする制御・データ・監視技術は、漏水削減・配水最適化・災害時復旧に直結する。日本企業連合として、水を増やす前に水を失わないデジタル水道モデルを世界標準に押し上げることが重要である。
【第六の戦略】官民連携で水対策を安全保障に活用
日本企業の強みは、短期収益よりも長期安定運用・信頼・現地定着にある。これは水インフラと極めて相性が良い。設計→建設→運転→更新までを日本企業が担う枠組みを構築することで、水インフラを通じた地政学的信頼資産を積み上げるべきである。水は軍事よりも穏やかで、しかし極めて深く国家関係に入り込む戦略資源である。
具体的水ビジネス
1.海水淡水化事業の世界展開
中東、北アフリカ、インド、西海岸アメリカ、オーストラリアでは、海水淡水化が今後の主力水源となる可能性が高い。日本は逆浸透膜、前処理膜、高効率ポンプ、省エネ制御技術において強みを持つため、単なる設備輸出ではなく、設計、建設、運営、保守までを含めた長期事業として展開することが有望である。特に日本企業は世界最高効率の低エネルギー淡水化プラントを実現できる可能性があり、再生可能エネルギーと組み合わせた次世代型淡水化システムは中東諸国やアフリカ諸国において大きな需要が見込まれる。
2.下水再利用・循環水事業
今後の都市は水を使って捨てる社会から水を循環させる社会へ移行する。特に中国、インド、中東、東南アジアでは都市人口が急増しており、下水の再利用は不可欠となる。日本は高度下水処理技術や膜分離活性汚泥法(MBR)に強みを持っており、都市全体の水循環システムを構築する事業は極めて有望である。これは単なる浄水設備の輸出ではなく、都市計画や工業団地開発と一体化した巨大インフラ事業へ発展する可能性を持つ。
3.半導体・AI時代を支える超純水事業
半導体工場やAIデータセンターは膨大な水を消費する。今後、世界各地で半導体工場建設競争が進む中、水供給能力は立地選定の重要条件となる。日本企業は超純水製造技術と排水再利用技術において世界最高水準にあり、半導体工場向けに超純水供給・回収・再利用を一体化したサービスを提供する事業は今後大きく成長する可能性が高い。これは単なる水ビジネスではなく、半導体産業そのものを支える戦略産業となる。
4.漏水削減・スマート水道事業
発展途上国の多くの都市では、浄水場で作られた水の30〜50%が漏水によって失われている。これは新しい水源を開発するよりも、まず既存水資源を有効利用する方が費用対効果が高いことを意味する。日本のセンサー技術、通信技術、AI解析技術を活用したスマート水道事業は大きな可能性を持つ。漏水検知、配水最適化、遠隔監視を統合したデジタル水道システムは、世界中の都市インフラ市場で大きな需要が期待される。
5.水インフラ運営事業への参入
世界では水道事業そのものを民間企業が長期運営するPPP方式が拡大している。日本企業は建設後の長期保守や安定運営を得意としており、この分野は日本企業の企業文化と極めて相性が良い。建設して終わるのではなく、30年から50年にわたり運営・保守を請け負うことで、安定した収益を確保するとともに、現地政府との長期的な信頼関係を築くことができる。
6.農業用水効率化事業
世界の淡水消費量の約70%は農業が占めている。そのため、水不足問題の解決には農業分野の効率化が不可欠である。日本の精密制御技術やセンサー技術を活用した点滴灌漑、自動灌漑システム、土壌水分管理システムは、中東、アフリカ、インドなどの乾燥地域において大きな需要が見込まれる。特にイスラエル企業との連携は有望であり、日本の製造技術とイスラエルの灌漑技術を組み合わせることで世界市場を狙うことができる。
7.水素・エネルギー産業向け水供給事業
脱炭素社会の進展により、水素製造用の純水需要は急速に増加すると予想される。グリーン水素製造には大量の高純度水が必要であり、今後のエネルギー転換は新たな水需要を生み出す。日本企業は純水製造技術に強みを持つため、水素産業向け水インフラ市場において重要な地位を占める可能性がある。これは水とエネルギーの融合市場という新たな巨大市場を形成する可能性を持つ。
8.水データ・AIプラットフォーム事業
将来的には、水資源管理もデータ産業へと進化する。降雨予測、需要予測、漏水予測、渇水予測をAIがリアルタイムで最適化する時代が到来する。日本はIoT機器、センサー、AI解析技術を組み合わせた統合プラットフォームを構築し、水のオペレーティングシステムとも呼ぶべき新産業を創出できる可能性を持つ。これは設備産業よりも利益率が高く、継続収益を生み出すビジネスモデルとなる。
土木工事をからめた水ビジネス
土木工事を絡めるなら、日本が有望な水関連事業は、単なる膜・装置・センサーの輸出ではなく、ダム、導水路、上下水道、再生水管網、地下貯水、海水淡水化施設、農業用水路、都市排水施設を一体で整備する総合インフラ事業として構想すべきである。
1.海水淡水化プラントと送水インフラ
中東、北アフリカ、島嶼国、インド沿岸部では、海水淡水化プラントだけでなく、淡水化した水を内陸都市や工業団地へ送る大規模送水管、貯水池、ポンプ場の建設が必要となる。日本は膜技術や高効率ポンプに加え、耐震・耐久性の高い土木施工を組み合わせ、「水をつくり、運び、貯める」事業として展開できる。
2.下水再利用と都市再生インフラ
大都市では、下水処理場の高度化、再生水専用管網、地下貯水施設、雨水排水路を整備し、都市全体で水を循環させる仕組みが必要である。日本企業は、下水処理技術と都市土木を組み合わせ、再生水を工業用水、農業用水、緑地散水、冷却水に再利用する都市型水循環事業を展開できる。
3.地下水涵養・雨水貯留事業
水不足地域では、雨季の水を逃さず貯め、乾季に使う土木事業が重要になる。地下貯水池、遊水池、雨水浸透施設、透水性舗装、貯留トンネル、河川改修を組み合わせることで、洪水対策と水資源確保を同時に実現できる。これは日本の治水技術が最も生きる分野である。
4.農業用水路と灌漑インフラ
世界の水使用量の大半は農業であるため、水不足対策には農業用水路、貯水池、ため池、ポンプ灌漑、点滴灌漑、排水路の整備が不可欠である。日本は精密な水管理技術と土木施工を組み合わせ、漏水の少ない農業用水網とスマート灌漑を輸出できる。
5.工業団地・半導体拠点向け水インフラ
半導体、AIデータセンター、化学工場には大量の水が必要である。日本は、工業用水道、超純水施設、排水回収設備、再生水管網、調整池を一体整備し、水制約を受けない工業団地を設計できる。これは水事業であると同時に、産業誘致インフラ事業でもある。
大規模土インフラ工事を伴う水ビジネス
世界の水危機は巨大土木インフラ市場の時代に入る。今後の世界の水不足は、単なる浄水設備や膜技術だけでは解決できない。人口増加と気候変動により、水のある場所から水のない場所へ運ぶ、洪水時の水を乾季まで貯める、海水を内陸都市へ供給するといった巨大な水移送・貯留インフラが必要となる。ここでは、日本が得意とするダム、トンネル、地下空間利用、耐震設計、長寿命施工技術が大きな競争力を持つ。
1.大規模導水運河・導水トンネル事業
世界では水資源の偏在が極めて大きい。降雨が豊富な地域と人口集積地域が一致しないため、数百キロから数千キロ単位で水を輸送する事業が増加する。例えば北アフリカでは地中海沿岸から内陸都市への送水、中東では紅海やペルシャ湾沿岸から内陸部への導水、インドではヒマラヤ水系から乾燥地域への送水が構想されている。日本は長大トンネル建設技術、山岳土木技術、シールド工法において世界最高水準にあり、導水トンネルや地下送水路建設は極めて有望な市場となる。特に地表蒸発を防ぐ地下導水トンネルは、乾燥地域で大きな価値を持つ。
2.山岳貯水池・多目的ダム建設事業
降雨の季節変動が大きい地域では、雨季の水を貯めて乾季に利用する大規模貯水池が不可欠となる。アフリカ、中央アジア、インド、中東では、灌漑用水、都市用水、発電、防災を兼ね備えた多目的ダム需要が今後数十年間続く可能性が高い。日本は地震国で培った耐震ダム技術、堆砂対策、長寿命コンクリート技術を有しており、単なる建設請負ではなく、建設後50〜100年にわたる運営・維持管理まで含めた事業展開が可能である。
3.地下巨大貯水池・地下ダム事業
蒸発量の多い乾燥地域では、地表ダムより地下貯水の方が有利な場合が多い。日本は地下河川や巨大地下放水路建設で世界有数の技術を持つため、地下ダム、地下貯水池、帯水層涵養施設の建設事業に大きな可能性を持つ。特にサハラ周辺、中東、オーストラリア内陸部では、蒸発損失を最小化する地下貯水システムへの需要が今後急増する可能性がある。
4.海水淡水化・導水複合プロジェクト
今後の中東や北アフリカでは、海水淡水化だけではなく、淡水化した水を数百キロ先の都市や農地へ送る巨大送水事業が増加する。日本企業は淡水化プラント、ポンプ場、導水トンネル、調整池、配水施設を一体として建設できる数少ない国の一つである。これは21世紀版の「水のパイプライン事業」と呼ぶべきものであり、石油・天然ガスパイプラインに匹敵する巨大市場へ成長する可能性を持つ。
5.洪水対策と貯水を両立する流域改造事業
気候変動によって、多くの地域では洪水と渇水が同時に深刻化している。そのため今後は、洪水時には水を貯め、乾季には利用する流域全体の改造事業が増えると考えられる。遊水池、調整池、地下放水路、河川改修、堤防整備、人工湖建設を組み合わせた総合流域管理は、日本が最も得意とする分野の一つである。これは単なる土木工事ではなく、地域の経済発展そのものを支える国家プロジェクトとなる。
6.農業開発と一体化した灌漑インフラ事業
世界の淡水使用量の約7割は農業が占めるため、水不足対策の本丸は農業である。導水運河、灌漑水路、揚水設備、調整池、ため池、排水施設を組み合わせた農業インフラ整備は、中東、アフリカ、中央アジア、南米で巨大市場となる。日本は戦後の農業土木整備で蓄積した技術を活用し、水を運び、配り、再利用する農業システムを輸出できる。
7.都市地下水インフラ事業
将来の巨大都市では、地下空間そのものが巨大な水インフラになる。地下貯水池、地下河川、再生水専用トンネル、雨水貯留施設、地下調整池などを組み合わせることで、洪水防止と水資源確保を同時に実現できる。日本の都市土木技術は世界最高水準にあり、アジアや中東の新都市建設計画において大きな競争力を持つ。
8.水運河による新たな経済圏形成事業
将来的には、水輸送と物流を兼ねた新たな運河建設も有望となる。例えばアフリカや中東では、運河建設によって物流、水供給、発電、農業開発を同時に実現できる地域が存在する。運河は単なる水路ではなく、沿線に都市、工業団地、農業地帯を形成する経済開発プロジェクトそのものであり、日本の総合商社、建設会社、金融機関、メーカーを含めた国家プロジェクトとして取り組む価値がある。
日本の水インフラ戦略
日本が目指すべきは水安全保障国家としての水インフラ戦略である。水は21世紀の石油ともいうべき戦略資源であり、水ビジネスは単なる輸出産業ではなく、日本の外交力、経済安全保障、国際的影響力を高める重要な国家事業である。日本は水資源を独占する国ではなく、世界に最も信頼される水インフラ国家として、ODA、国際金融、民間投資を組み合わせ、アジア、中東、アフリカなどの水不足地域に長期的な信頼関係を築くべきである。
その第一段階は、単体の水ビジネスである。海水淡水化、下水再利用、超純水、スマート水道、農業用水管理、水素向け純水供給、水データ事業など、日本企業が得意とする精密技術、省エネ、長寿命、運用力を生かした分野を世界に展開することである。
第二段階は、土木工事をある程度伴う水ビジネスである。淡水化施設、再生水管網、貯水池、地下水涵養施設、農業用水路、工業用水道などを組み合わせ、水を確保し、循環させ、安定供給する都市・産業基盤を提供することである。
第三段階は、大規模インフラ工事を伴う水ビジネスである。導水運河、導水トンネル、多目的ダム、地下ダム、巨大地下貯水池、流域改造、灌漑インフラ、都市地下水システムなどを、建設、運営、維持管理、資金調達、都市開発と一体化して展開することである。
この三段構えによって、日本は装置を売る国にとどまらず、水をつくり、運び、貯め、循環させる総合水インフラ輸出国家となることができる。20世紀が石油パイプラインの時代であったとすれば、21世紀は水をめぐる安全保障の時代であり、日本はその中核を担いうる数少ない国の一つなのである。
有望な水インフラプロジェクト(付記)
1.中東・北アフリカ海水淡水化・導水プロジェクト
将来的に最も重要性が高まるのは、中東・北アフリカにおける海水淡水化と大規模導水プロジェクトである。サウジアラビア、UAE、エジプトなどでは、水不足が国家安全保障上の最大課題の一つになっている。人口増加、都市化、農業用水需要、気候変動によって、海水を淡水化し、それを内陸部へ送る巨大インフラの必要性はますます高まっている。この分野では、日本の膜技術、省エネルギー型淡水化技術、水処理技術、ポンプ、配管、制御システム、発電設備との統合技術が大きな強みとなる。単なる淡水化プラントではなく、再生可能エネルギー、原子力、小型モジュール炉、蓄電池、送水管網を組み合わせた水とエネルギーの複合インフラとして構想すれば、日本企業の総合力を発揮できる。水は21世紀の戦略資源であり、この分野への関与は単なるビジネスではなく、日本のエネルギー安全保障、食料安全保障、外交上の影響力拡大にもつながる。
2.東南アジアの巨大地下放水路計画
東南アジアの大都市では、洪水対策が今後ますます重要になる。ジャカルタ、バンコク、マニラ、ホーチミンなどでは、集中豪雨、河川氾濫、高潮、地盤沈下、都市排水能力の不足が重なり、経済活動に深刻な影響を与えている。これらの都市では、従来型の排水路やポンプ場だけでは限界があり、地下に巨大な放水路や貯留施設を整備する必要が出てくる。この分野では、日本の首都圏外郭放水路の経験が極めて有効である。巨大地下トンネル、立坑、排水ポンプ、河川制御、都市計画を一体化する技術は、日本が世界に示せる代表的な防災インフラである。東南アジアの洪水対策に日本が関与すれば、都市の安全性向上だけでなく、日系企業の工場団地、物流網、港湾、住宅地を守ることにもつながる。これは防災協力であると同時に、日本企業の海外事業基盤を守る安全保障政策でもある。
3.インドネシア・ジャイアント・シーウォール計画
インドネシアのジャイアント・シーウォール計画は、ジャカルタを含む北ジャワ沿岸地域を、海面上昇、高潮、地盤沈下、洪水から守るための巨大防潮堤構想であり、数千万人の生活と産業基盤を守る国家的プロジェクトである。ジャカルタ周辺では地下水の過剰汲み上げによる地盤沈下が深刻化しており、単なる堤防建設ではなく、都市排水、港湾再編、水管理、住宅地再開発、産業立地の再構築を含む総合的な国土改造事業になる可能性が高い。この計画において日本は、東京湾、大阪湾、伊勢湾などで培ってきた湾岸防災技術、首都圏外郭放水路に代表される地下治水技術、軟弱地盤対策、港湾建設、都市インフラ運営の経験を生かすことができる。
